2012年10月29日月曜日

生花を扱うという事

お葬式とは切っても切れない関係にあるお花。

今日は、そんなご葬儀に扱うお花の一部をご紹介したいと思います。


白菊です。

お葬式のお花。と言われて真っ先に思いつくお花でしょうか?

菊は、天皇家の家紋にも用いられている位に格式が高く、
又、不老不死、延命長寿、無病息災、邪気払い等の意味があるそうです。

日本で葬儀に用いられたのは意外と最近で、
明治政府以降の西洋文化の影響が強く影響しております。

元々、ヨーロッパの国では墓参りに持参されていたようですね。

そしてこれは、栽培上の観点からなんですが、
一年を通して栽培収穫できるとの事から現代葬儀に用いられるようになりました。

しかし、最近は「白菊じゃなきゃだめなの?」というような声も多く聞かれ、
菊を用いないで、色のついたお花だけで送る方も多いです。

でも私は白菊は、荘厳な雰囲気を醸し出し、きれいに整うので好きな花です。



アルストロメリア

デルフィニウム

金魚草(スナップ)

極楽鳥(ストレチア)
霞草 (ジプソフィラ)

スターチス

カーネーション
真っ赤な物もあります。

デンファレ

そして、樒(しきみ)です。


一般的には、創価学会の友人葬や日蓮正宗の葬儀に用いられることが多い常緑樹です。

しかし、元来、神教・仏教、各宗派関係なく使用する日本唯一の香木で、
弘法大師が青蓮華の代用として密教の御修法に使ったことから、
密の字を用いるのは密教の修法・供養に特に用いられることに由来します。

又、本来は、枕飾りの際、樒を一本供えるんですが、
最近ではそのようなことは薄れているように感じます。

元来、樒こそ葬儀には欠かせないものであったようです。


更に古来より花を手向けるという習慣はあったようです。

実際、ネアンデルタール人の化石と数種類の花粉が発見されています。
彼らが、死者を悼む心から花を添えたのかは不明です。

理屈抜きにして花は美しいし何より癒されます。





又、こんなブログがありましたので本文をそのままご紹介致します。


「花なんて売ってるんじゃねえよ」

 東日本大震災から3日ほどたったころ、混乱が続く仙台朝市で一軒の花屋に心ない罵声(ばせい)が浴びせられた。

 「もうけのためだけに花を出してるって思われたことが悲しかったよ」。ワタベ生花店の3代目、渡部勝也さん(39)は振り返る。


 創業は1953年。祖父、父と商売を受け継いできた。仙台朝市は震災翌日に電気が復旧。翌々日には自店を含め約7割の店が営業を再開した。市内の多くの店が再開できない中で、朝市は多くの客でごった返した。

 長い列をつくってまで市民が買い求めようとしていたのは食料だった。花で腹は満たせない。店頭に花を並べていることに対して、殺気立った人々から思わぬ声が飛んだ。多くの人が被災し、冷静になりにくい状況だったに違いない。そう頭で分かってはいても、渡部さんのショックは大きかった。

 震災から1週間後、「花屋さんがあってよかった」との言葉を掛けられた。自分の商いを否定された後に触れた一言。渡部さんは「救われた思いがしました」と表情を緩めた。

 渡部さんには花への、ある思いがある。

 「お客さんには花を愛(め)でる気持ちのゆとりを持ってもらいたい。人に花を贈るなら、感謝の気持ちを伝える機会にしてほしい」。震災前からそんな思いを胸に花を商ってきた。

 「花を愛でる」。それは、花を眺めて癒やされること。花を贈ることは、自分の気持ちを伝えられるとともに、癒やしも届けられる。

 震災から約1年半、今も心を痛めている人はたくさんいる。もし身近にそのような人がいるならば、花を贈ってはどうだろう。大切な人から贈られた花は、もらった人の心に咲く「希望」となるだろう。



我々は葬儀社としてこのようなプライドをもって仕事をしているだろうか?

自問自答させられます。

又、我々が提供するのは、最愛の方を亡くされた方々が最後に手向けられる花です。

葬儀では言う、贈る人というのは、亡くなった方なので、
希望を抱かれると言う事や故人様が癒されるというのは無いのかもしれません。

しかし、故人様を送る御遺族・友人のその想いを形にしなくてはなりません。

その人になり替わる事なんてできませんし、
ましてその想いを分かってあげるなんて、おこがましい事かもしれませんが
それでも、我々は御遺族を癒してあげられるよう最善をつくさなければいけません。


これからの時期、朝は冷え込み、水もとっても冷たいです。
まして保冷室はとっても寒いです。

体に気をつけてお互い頑張りましょう。


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